2014年11月12日

三島由紀夫に対する熱い想い

某信者がブログ記事で、三島に対する熱い想いを語っている

三島の切腹は日本においてよりも白人社会でその意味を果たした
http://ameblo.jp/amamikyo77/entry-11950875054.html#cbox

三島の切腹がいかに大きな意味を持つものだったかというお話。
三島文学は日本よりも外国に対して、その影響力が非常に大きいのを、日本人はほとんど知らない。
三島は英語を学んでいたので、翻訳されても三島文学独特の耽美な文調が伝わりやすかった。
(三島自身が翻訳文をチェックすることができた)
そのため、世界の著名人には今でも三島ファンが多い。
ましてや、当時「東洋のサル」としか思われてなかった極東の一島国から発信された三島の作品にある「日本の美学」のレベルの高さは、白人の文化人達を驚愕させた。
ノーベル文学賞を川端康成が受賞したとき、なぜ三島ではないのだと思った人も多い。
それほどの格調の高さが三島文学にはあった。
その三島が、「檄文」と共に、「自衛隊の決起」を促して「切腹」したのだ。
この檄文の内容を、そして三島の切腹を「白人の立場から見た」ときに、どうであろうか?
三島の檄文にあるのは、明らかな「憲法九条というアメリカの欺瞞と、それに屈している日本のサムライ達への怒り」だった。
三島は、その死でもって世界に見せつけ、叫んだのだ。
「保身を捨てたサムライの魂を見せてやる!アメリカよ、白人共よ、俺達は天皇のためにいつでも死ねるぞ!」と。
これは、欧米人にとって、非常に怖い内容だと思わないか?
三島はその強烈なる文学と死を持って、白人社会に「日本の美しさと怖さ」を見せつけた。
そして、白人達のつくった「戦後秩序」の欺瞞を、世界に喧伝したのだ。
これは、何よりも三島にしかできなかったことであろうと思う。
そのハラキリの意図を、日本のマスコミは一切伝えなかった。
「強烈な劣等感から虚勢を張っている目立ちたがり屋の文学作家が、自分のヒーロー願望のとおりに自殺した、劇場型公開自殺にすぎない」と断じた。
たしかにその一面もあるだろう。
しかし、それはあくまで三島が【あえて晒していた】一面にすぎない。
ほとんどの日本人は、三島の虚勢や劣等感から生じたヒーロー願望という「三島がわざと見せていた」一側面を、あたかも自分だけが見抜いたかのようにことさらにあげつらい、それを三島への評価につなげるが、
三島自身が、それを【あえて晒していた】という事実に気付かない。
三島の本当の恐ろしさがそこにあるのだと気付かないのだ。
あなたなら、すべての劣等感と繕いと虚勢と願望と内心の憤怒までも、世間に晒して、それを批評される勇気があるか?
三島はそれをやってのけたのだ。
それこそが、三島が【世界に仕掛けた目】だ。
三島は非常に研ぎ澄まされた観察者でもあった。
三島はすべての自分の弱みをあえて晒し、弱みに狼狽する自分をも観察し続け、自分自身の透徹した視点に見据えられる血反吐を吐くような精神の苦悩から、
あのどこまでも美しく優しい文学を完成させたのだ。
三島のあの虚勢の姿を見て嗤う者は、三島の真似をできればしてみるがよい。
多くの人は、「そんなことする価値もない」と言うだろう。
しかし、私は断言する。
おそらく常人なら発狂するだろう。
「すべての虚勢や繕いを【あえて晒す】」ということが、どれほどに耐え難いものであるか。
ほとんどの人間は、虚勢の背後にある「プライド」がそれを許さないから。
自分の劣等感や劣等感を繕うための虚勢を世間に指さされ嘲笑されたら、私自身はすくなくとも正気でいる自信はない。
繰り返すが、三島は、それをあえてやってのけたのだ。
そして、自分を笑う者や軽蔑する者を見ているのではない、自分と、自分を笑う人々の内に横たわる「虚勢や欺瞞に目を向ける勇気を持てないがための誤魔化しの心」
を、ジッと見ている。
その最後が、あの檄文だった。
自衛隊に対して、「キミ達がアメリカを護らねばならないこの矛盾をキミ達自身の手で暴け!」と、三島は叫んだ。
三島の義挙は、サムライ達に託した、自分の生き様のすべてをこめた、国と人への愛だった。
最後に、三島は、自衛隊が誰もついてこないと、おそらくは察していただろうと思う。
繰り返すが、三島の本心はあの檄文にある。
あの檄文を、読んでほしい。
あの檄文を、分かる人間達の元に伝えるために、三島は命をなげうった。
命をかけて伝えたかった言葉がそこにある。
三島の死は、白人社会にこそ、伝えるべきことを伝えた。
それを本来は、ジェネラル(軍人)がしなければいけないことだとも三島は語っている。
三島は透徹した観察者だった。
しかし、観察者のみではなく、行動者だった。
三島は自分を嗤う日本人のために、その命を捧げたのだ。
三島の死を、決してナルシズムのみで語ってはならない。
三島の死によってたくさんの保守や右翼が「その死を無駄にしてはならない」と愛国心を強固にしました。
三島由紀夫の死は、日本の保守運動にとっても歴史の希望だったんですね。
その認識で「英霊の聲」を聞いたら、内容は本当に切実なる国への憂いだと分かるでしょ?
三島由紀夫は本当にすごいんですよ〜



と某信者は三島を絶賛なのだが、当のオーカワは

1989年 幸福の科学5月研修「ピカソ霊示集」質疑応答において、こう語っている


太田さんのところに出ているという話ですが、あれを読んでワクワクして胸が躍るようでは問題がある
これだけ霊言集を読んできたら、そろそろわからなければならない、違いが
やっぱり気持ち悪くなかったらいけない
あの本読んで、三島由紀夫だろうと推定していますが、
しかし、最後まで読めるようであったらいけない
彼自身は、自分が迷っているとは思っていない
神々の世界に自分は帰っていると思っている
しかし、帰っていない
行っている霊域はもちろん、日本の神々の系統を引く霊界にいることは事実ですが、私達の分類によると下のほうに入るわけで、その世界の中にも、自分が神々だと思っている人がだいぶいる
実際は高級霊であって、使命を持って地上に出てきて、失敗した方もいる
そういう方には、あくまでも自分は神様だと信じてがんばっている
そういう中に今、いらっしゃる
本当の意味で解脱が出来ていない
なぜ出来ていないかというと
やっぱり自分に対するプライドが高すぎる
きわめて、自分のことを高く評価しているために、事実を正当に認められない
これはプライドの葛藤です
プライドを捨てない限り、彼の本来の世界に帰ってこれない
元々は霊格の高い方です
私の感じだと、あと100年から150年くらいかかるかなと思っています
そのぐらいしないとすっきりしない
この3次元での葛藤を清算出来ない
元々はかなり霊格的にある人だと思っています


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某信者はこのオーカワの発言を知っているのだが、知っていてなおかつこういう記事を書くということは
自己矛盾しないのだろうか?

自分に都合の悪いことは自動的に目に入らないように、頭の構造がなっているとしか思えない(笑)





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posted by 本末天道 at 15:22| Comment(0) | 長女・某信者ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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